2004夏・十勝襟裳自転車旅行記・2


二、日没後ニ峠通行スルマジキ事


―第一日目後半―




8月9日(月)……第一日目・午後 (富良野―樹海峠―狩勝峠―新得)


 市街地を通り過ぎて東大演習林のあたりを通るころ、また土砂降りになりましたが、またすぐにやんで、東山の分岐点にさしかかりました。
 ここから先は、はじめての道です。ただでさえ遅れているのに、珍しがって写真など撮りまくりました。
 そして、
「そうだ、はじめての道だし、時間計っておこう。」
と思って時計を見たら、雨に当たったせいかぶっ壊れてけつかりました。鼻血出そうです。





 やがて、樹海峠を越えにかかったら、また土砂降り。雷までなり始めましたが、なんとか頂上にたどりつけました。





 携帯電話で時間を確認すると、17:20でした。
 そして、この日最大の難関・狩勝峠まで約20km。
 平地なら飛ばせば1時間ちょっとで着くかもしれません。
 でも峠です。山ん中です。
 そして、某夜行性肉食獣(←ほとんど雑食であるという事実は全く気休めにもなりません……)が生息しています。
 これは予約している新得の宿にはたどり着けないかもしれない、と思い、ことわりの電話を入れました。

 「あ、徒歩宿ドラム館さんですか? 予約してた幾狭なんですけど、予定よりだいぶ遅れました。とりあえず夕食には間に合いそうもないです。それで……。」
 「あ、大丈夫です。遅くなっても夕食はとっておきますよ。」
 「……ありがとうございます。よろしくお願いします……。」

 気の弱いワタクシは、自らの退路を断ってしまいました。
 あとは日没までに、少なくとも峠の頂上にたどりつくことを祈るばかり。気分は走れメロスです。
 自転車に熊鈴をつけ、いざ出発。
 そんなわけで、この日この後の写真は存在しません。

 さてさて、次第に薄暗くなり、次第に勾配がきつくなっていく上り坂で無心にぺダルを踏んでいると、どこからともなくたいへん生臭い匂いが漂ってきます。
 ワタクシの脳裏をちらっと某日本最大の肉食獣の影がよぎりましたが、それを押さえ込んで考えます。

 「どっかで冷凍車が魚の箱でも落として行ったのかなぁ〜?」

 ……そんなわけねーだろ。

 匂いは短時間でしなくなりましたが、自然にペダルをこぐ脚に力が入ります。
 目はちらちらと周囲をうかがいつつも、顔は前を向いたままです。
 なぜなら、気づいたことに気づかれたら終わりなので。
 幸い、姿は見えません。少しほっとしますが、休憩はとりません。というか、休憩をとる勇気はありません。
 すっかり暗くなった峠道をひたすら登っていると、今度はさっきより強く、生臭い匂いが風に乗って流れてきました。
 もはや冷凍車の落し物という可能性にすがっている余裕はありません。既に半泣きです。
 下りに入ってしまえばきっと逃げ切れる……はるか遠くにかすんで見える峠の頂上の光に向かって、必死で自転車を急がせます。
 心拍数が200を超えているかもしれないなか、ふと
「これで峠の頂上に馬鹿みたいな熊の剥製とか置いてあったら心臓止まるだろうな……。」
などとアホなことを考えてしまうあたり、人間の心とは不可解なものです。

 やがて有線のものと思しき演歌が聞こえてきました。頂上です。
 この日、生まれてはじめて、ノンストップで峠を登りきったのです。やったあ!

 ……無人でした。

 そりゃそうでしょう。日もとっぷり暮れています。
 無人の峠に虚しく響き渡る森進一の歌声……意味するところは一つ。
 熊避けです。
 さすがに剥製はありませんでした。
 ここでトイレに入ったのですが、出入り口が自動ドアでした。
 熊さんが自動ドアから入ってくる図を想像しながら用をたしました。

 19:20、狩勝峠発。

 下りは多分、時速30kmは超えていたと思います。
 路肩の広い道で助かりました。
 でなかったら、車に追い抜かれるときに側溝に落ちていたかもしれません。真っ暗でした。
 山を越えたとはいえ、新得市街まで民家一つない道をひたすら走ります。約16km。長かったです。
 たどり着いた新得市街は寝静まり、人っ子一人いませんでした。
 そして、新得市街から再びえらい田舎道を約7km走ると宿です。長かったです。
っていうか、わりと細かい道なので方向音痴のワタクシにはかなり不安で、何度か宿に電話してこの方向でよいか確認しました。
 が、私は地図に乗っている道路番号で尋ねるのに対し、地元の方は普段使ってらっしゃる道路をそんな数字で覚えているわけではありません。
 「然別湖方面」などというカンバンを眺めて不安を募らせつつ走っていたら、行く手から一台のマウンテンバイクが。
 宿のご主人が心配して迎えに来てくださったのでした。
 そんなこんなでなんとか宿にたどり着き、靴を脱いだ瞬間、脚がつりました。やれやれ。

 風呂に入ってふと鏡を見ると、赤い人が白い半袖半ズボンを着ているような有様になっておりました。(←次回への伏線)

 とっておいていただいたサシミと、もう一人いらっしゃっていたお客さん(リピーター)のお土産の焼酎でおいしい夕食をいただき、宿のスタッフによる楽器の演奏を聴きました。
 ここではじめて知ったのですが、それがウリの宿だったのです。
 ステージとかあるわけでなくて、普通の居間にドラムセットなんかが置いてあって、その場で演奏者も客も会話とかしながらの演奏、客も参加可能。
 徒歩宿ドラム館・今度は楽器持参で泊まりに行くぞ!!

 そんな感じでずっと居間にいたいとは思えども、峠3つを含む140kmを自転車で走ってきたわけなので睡魔には勝てず、部屋に案内してもらいます。
 男女別相部屋ですが、他に女性の泊り客がいなかったので広い部屋に一人です。
 暑いのでドアを開け放して寝ても大丈夫なように女性部屋の出入り口には「番兵を置きますね。」と、宿の主人。

 番兵は、熊さんのぬいぐるみでした……鼻血出そうです。




続く
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