CERA LA LUNA

11





 「エサだガキども! 並べーっ!」 子供たちは、歓声をあげてルナの周りにむらがった。
「並べと言ってるだろーが!」
ルナは、怒鳴りながらニコニコしながら午後の間食を配っている。仕事のじゃまにならないように組紐で一つに束ねた後ろ髪が、きびきびと左右に揺れている。モルジアーナが、飲み物を配りながらため息をついた。
「復活するなり元気だね、あんたの彼氏。」
「あんなの彼氏じゃないってば。」
相変わらず天使の微笑を浮かべるニケのこめかみに、心なしか怒筋も浮かんでいる。
 「ルナぁ! オレ、まだもらってない!」
「さっき渡しただろ、セラフ!」
「オレはケルヴ! セラフはアイカタ!」
「同じ手が二度通用するか。お前はセラフ。オヤツは、さっき渡した分で終わり。」
「ちぇー。もうクベツつくのかぁ。」
「もう、じゃないだろ、ケルヴ。これがお前の分。」
 双子に両腕にぶら下がられながら平然と仕事を続けるルナを横目に、モルジアーナが、またため息をついた。
「なじんでる……。」
「なじみすぎ……。」ニケが、言いたした。「子供と、区別つかない……。」
「でも、あれだよね。姿見せるまでは、どんなヒヨワな奴かと思ってたけど、けっこう強いんじゃん。格闘技とかさぁ。」
「そう? まだ本調子じゃないように見えたけど。」
「ノロケてるよ、この人。良かったね、彼氏、出てこれてさ。」
「だから、彼氏じゃないって。」
「出てこられてメーワクだよ。夜、うるさくて。」ルナの真下の寝棚に寝ているイズレールがぼやいた。「泣くんだよ、こいつ。めそめそめそめそ。」
「悪かったなー。」オヤツの配布を終えたルナが、双子をぶら下げたまま話に加わった。「いろいろ思い出したら勝手に涙がでてくるんだよ。生理現象、生理現象。」
「ルナのなきむしー。」
「ルナのなきむしー。」
セラフとケルヴが、両側からステレオスピーカーのようにはやしたてた。イズレールが、笑った。
「開き直りやがったよ、こいつ。あのなー、エレクトラとかバンシーとか、女の子の名前呟くのはわかるけど、男の名前呼ぶの、ブキミだからやめろよな。身の危険を感じるぞ、俺は。」
「おまえ〜! 女の子たちの前で、そーゆー誤解をまねく発言をするなよ〜!」
「安心していいよ。クリシュナってイズレールの百倍美形だから。ルナは、面食いなんだよ。」
「ニケまで誤解をあおる……」
「あはは〜。彼女公認なんだ〜。」
「だから、彼女じゃないって。」
「俺、なんかひどいこと言われてない? ニケって、おとなしくてはかなげな美少女だと思ってたんだけど。こーゆーやつだったの?」
「そう。こーゆーやつだったの。」
ルナは、セラフを両手で高く持ち上げてやりながら、けらけら笑った。
 ニケは、ふと壁の方を向くと、うつむいて深いため息をついた。
「あの部屋に通いつめた日々は、なんだったんだろう……。あたしが行かない方が、うまくいってたんだ……きっと……。」
「ニケ……ごめん、ニケ……」ルナは、狼狽してニケの両肩に手をかけた。「ニケが来てくれてなかったら、俺、とっくに死んでたよ。あそこまで回復してたから、最後の一歩を踏み切れたんだ……俺……ニケに足向けて寝られないよ。」
「そうだよね。」ニケは、けろっとして顔を上げた。「さ、片付け片付け。」
 モルジアーナとイズレールが、取り残されてぽかんとしているルナを指さして笑った。ルナは、照れ笑いしながら、肩によじ登ろうとするケルヴに手を貸してやった。が、ニケにかつがれたとは、思っていなかった。冗談に紛らせて、本音を言っていたのだろう。
 不意に何かに体当たりされて、ルナはよろけた。床の上で、ルナから引きずり落とされたケルヴと、引きずり落としたローズバッドが取っ組み合っている。
 ケルヴに加勢しようとするセラフを抱きとめて、ニケがルナの傍に立った。
「だいじょうぶ? 頚椎、どうかしなかった?」
「首はだいじょうぶだけど……」ルナは、後ろ髪の根元に手をやって眉をしかめた。「落ちるとき思い切りつかまってくれたよ……。」
「よかったね。おかげで、頭から落ちなかったよ。」
 大勢は、すぐに決した。だが、戦意を喪失してうずくまるケルヴをなおも殴り続けて、ローズバッドがおさまる気配はなかった。
「やばいわ、これ。ストップかけよ。」
モルジアーナに耳うちされて、茫然と立ち尽くしていたルナは、我に返った。
「もうおやめ、バディ! 勝負ついただろ!」
 ルナは、ケルヴからローズバッドを引き離した。ニケが、ケルヴを抱き起こしてケガの具合を見ていた。イズレールは、怯える周囲の子供たちをなだめていた。
 ケルヴとセラフが、抱き合って泣き叫びはじめた。ローズバッドは、ルナの腕の中で、無言で暴れ続けている。ルナは、噛みつかれ、引っかかれ、鼻血を流しながら必死でローズバッドをなだめようとしていた。
 そこへ、乳児室の当番に行っていたジェズアルドが、モルジアーナに先導されて駆け込んできた。ざわついていた、あるいは泣き出していた子供たちが、しんと静まった。
 ジェズアルドは、ローズバッドの指をルナの前髪から引き剥がして抱き上げた。それから、洗面台の前に歩いて行って、鏡の高さで抱えなおした。 「見てごらん、バディ。お前、今、どんな顔してる?」
 ローズバッドは暴れるのをやめ、じっと鏡の中の自分の険しい表情を見つめた。それから、体をねじってジェズアルドの胸に顔を埋めると、しくしく泣き出した。ジェズアルドは、ローズバッドを自分と向かい合わせに抱えなおして、その背をゆっくりなでていた。
「落ち着いたか?」ややしばらくしてから、ジェズアルドが、静かに尋ねた。「俺は、あかんぼの世話が残ってるから行くけど、いい子にしてられるか?」
ローズバッドは、こくんとうなずいた。
ジェズアルドは、床に座り込んだまま無力感に打ちのめされているルナに歩み寄って、ローズバッドをおろした。
「ルナに、ごめんなさいしなさい。」
「いや!」
ローズバッドは、激しくかぶりをふった。ルナは、泣きそうになって顔を伏せた。ジェズアルドは、ローズバッドの頬を両手で挟んだ。
「ルナの顔、見ただろ? 痛いのわかるな? バディがやったんだぞ。」
「いや! いや!」終始無言だったローズバッドは、堰が切れたように叫びだした。「ガマンしてたんだもん! ずっとガマンしてたんだもん! ルナは、バディだけのじゃないから! なのに、セラフとケルヴ、ずーっとルナにかまってもらって、ずーっとずーっとルナのことセンリョーしちゃって、ずるいんだもん!」
 表情を見せずにローズバッドの言い分を聞いていたジェズアルドが、額に右手を当てて疲れたようにため息をついた。
「ルナ。」
「……え?」
「悪いけど、ちょっと……落ち着くまで……かまってやってくれないか。」
「……うん。」
「頼んだ。」
「うん。」ルナは、同僚の方を振り返った。「ちょっと……抜けていい? かまってくる。」
異議をとなえる者は、なかった。
ルナが歩み寄ると、ローズバッドはまた打とうとした。その手に、ニケが、絞ったタオルをさっと握らせた。ローズバッドは、不意をつかれてニケの顔を見上げた。ニケは、微笑みかけた。
「それでルナの顔、ふいてやって。」
ローズバッドは、ルナの顔をじいっと見上げて、素直にうなずいた。彼女は、おとなしくルナに手を引かれて、部屋から出て行った。
 「バディ、ずるい……」
セラフが、不満げにつぶやいた。
「ひとりじべしてる……。」
ケルヴが続けた。
「バディは、特別だよ。」ニケは、しゃがんで二人の頭をなでた。「だって、ルナを見つけたのは、バディなんだから。」
「あ……そうか……。」
「そうだで。」
ニケの言い分は、まるで理屈になっていなかったが、双子は納得したようだった。
モルジアーナが、つつつとニケの隣に来た。
「知ってんの、ルナは?」
「なに?」
「バディの養い親……ジェズに内定してるって。」
「ああ、うん。知ってるよ。」
「はやく個室に連れてってくれないかな。」イズレールが、声を低めた。「あの子、まーた俺らの班の当直のときに、部屋から脱走してくれたんだよな。」
「あんたね、当直んとき寝ようなんて図々しいって。」
「古参の連中みんな寝てんのに、なんで俺だけ起きてなきゃなんないんだよ。」
「古参が寝てるからに決まってるでしょ。」
「ほら、ジョーヴたちが呼んでるよ。」ニケが、モルジアーナの背中を押した。「無駄口たたいてないで、仕事しよ、仕事。さっきまで怯えてかたまってたのに、幼児は立ち直りがはやいなぁ。」
ぱたぱたと立ち働き始めるニケの背中に、モルジアーナが言った。
「深入りしないうちに手ぇひかせた方がいいよ!」
 ニケは、応えなかった。





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