GOD CHILD 1





 アトリウムの人造ジャングルの緑陰を、ビルが早足で歩いている。視界を遮る木立がとぎれるたびに歩調をゆるめ、あちこちへ視線をさまよわせている。何か、あるいは誰かを探しているようだった。
 鋭敏な純血種の訓練生達は、さっきから彼の存在に気づいていて素知らぬふりをしているのだが、スタッフはそうではなかったようだ。造園担当スタッフの一人が、遅ればせながら何者がそこにいるのか気づいて突然最敬礼し、他の者も次々と弾かれたように気を付けをして額に手を当てた。
 その急な動きがなければ、すこし離れた芝生の上の簡素な白木の椅子に腰掛けて、午後の休憩を中庭で過ごしている訓練生達の値踏みをしていた数人の幹部達も、彼に気づかなかったかもしれない。彼らの好奇の視線の中、ビルは煩わしそうにいいかげんな略答礼をしながら目標へ向かって歩を進めていた。
 ビルもまた、この組織――ファーム――の幹部だが、司令官クラスのエリート純血種を育てるこのトレーニングセンターでも護衛を一切連れ歩かないことで有名だった。他の幹部連中には思いもよらないことだ。ファームの人間にとって純血種の訓練生達は(生物学的にはヒトかもしれないが)しつけ途上の猛獣だし、純血種にとってファームの幹部は自分達を切り売りする人買いの親玉なのだ。いかに強大な権力で抑えていようが、午後の格闘技訓練でアドレナリンをたぎらせた純血種たちがそこここにたむろしている中を一人でうろうろしていては、何が起こるかわかったものではない。
「あの自信は、どこから来るものなのかね?」三人いるイングランド人の幹部のうちの一人が嘆息して呟いた。「護衛をつけるどころか丸腰なんだろう、彼は?」
「……アトリウムかね。あのドイツ人がガラスの大屋根をつけてから格段に過ごしやすくなったじゃないか、この中庭は。」アフリカ系アメリカ人が応える。
 トレーニングセンターのアトリウムの全面ガラスの大屋根と、温度や湿度に反応して開閉する天窓は、ビルの発案によるものだった。それだけではない。かつてはごく小さな事業にすぎなかった司令官クラスの育成をここまで大規模にしたのは彼だった。十人単位の村を大幅に増設し、トレーニングセンターの設備を充実させた。また、それまでは訓練生がレベル6に到達すれば一律に司令官クラスとして売却にかけていたものを、個々の能力に応じてレベル7・8という新たな訓練課程を履修させる制度も作った。エリートの中のエリートという箔のついた純血種はおそろしいほどの高額で落札され、組織に莫大な利益をもたらした。
「しかし、犬小屋を豪華に改装した大工に犬が敬意を払うものか?」
毒舌家のイングランド人女性幹部の喩えに、他の幹部達はつつましい忍び笑いを漏らした。
 突然、ビルが立ち止まった。棕櫚の木陰に目当ての人物を見つけ、慎重に歩み寄っていく。
「こりもせずに美人を口説きにきたものと見える。」フランス人が皮肉な笑みを顔にはりつけたまま言った。「相当ご執心だな。」
「ああ、お目当てはカインか。」ビルと同郷のドイツ人が苦笑した。
「彼は、なんだってあんな回りくどいことをしているんだ?」華僑系の最若手が、白木の背もたれから気だるげに身を離して膝に頬杖をついた。「買い取ればいいだけの話じゃないか?」



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