Ten Little Kids 16




 翌朝は、さすがに農場までの競走を持ち出す者はなかった。子供たちは、ひとかたまりになって歩いた。定刻どおり農場に到着し、すぐにツナギを着て自分たちの担当の牛舎に向かった。雌牛の体調を確認し乳房を消毒し、搾乳を行い、牛舎を清掃する。
 必ず当番のスタッフが指導につくが、もうほとんど子供たちだけの手で滞りなく作業が進行するので、その日の指示を最初に与えるのと、病畜がでたときの対処以外に仕事はない。自分たちにミルクを提供してくれる牛たちのための子供たちの仕事ぶりは、おおむね真剣だったが、たまに何もせずにとっとと馬場に出て先に馬に乗ってしまう子供もいた。農場までの競走の勝者だという内輪の事情をスタッフは知る由もなかったが、そんな子供を注意することすらしなかった。だが、ここのスタッフの多くが、他の牛舎でのきつい肉体労働より、子供たちにつく当番の方を避けたがっていた。もちろん、誰もそんなことを口にしたりはしないが、子供たちは、なんとなく気づいていた。
 牛舎では市場に出荷する分の仕事にも関わっているが、子供たちが厩舎で世話するのは、各自の馬だけだった。半数ずつ交替で、先に乗る組が馬場で乗って運動させ、洗ってブラシをかけている間に、後に乗る組の者が空いた馬房の清掃や水桶洗い、各自の馬具の手入れなどをしておく。子供たちが飼い付けや午後の運動もできるのは週二回程度で、後はスタッフに任せるが、馬の方ではどうにか子供たちをパートナーとみなしてくれているようだった。
 朝の仕事が終わると、子供たちはスタッフ用のシャワールームを借りて体を洗い、農場主のボーダハから、新鮮なミルクと卵、たまには小麦粉やベーコンなどを受け取って帰ることになっている。
 洗い場で「うわ。やられた。」という低い声が聞こえて皆がふりむくと、ルナが自分の栗毛馬に足を踏まれていた。
「おい、ナッティ、足どけろよ、前足。おーい。」
 居合わせた子供たちは、ひどい踏まれ方ではないのを見てとると、彼を見捨てて自分の馬の手入れを続行した。何人かの子供たちは、一度は自分の馬に足を踏まれたことがある。もっとも、ルナのほかに二度以上踏まれた子供はいない。
 こういうとき動揺するのは、子供たちより、子供たちの安全を預かっている厩舎スタッフの方である。ルナの一番近くにいたジャスパーが、速足で近づいてきた。
 「無理に引き抜くなよ。寄りかかってみたか?」
ルナは、すでに馬の肩に寄りかかっていた。
「びくともしません。」
「お前の体重じゃあな。どれ。」
ジャスパーが肩を押すと馬は片方の足を上げ、ルナはすばやく足を引き抜いた。
「すいません。」
ルナが、お気に入りの長靴に馬蹄形についた馬糞の跡を見て、顔をしかめた。ジャスパーが、見咎めた。
「どうした?痛いのか?足を見せてみろ。」
「なんでもありません。大丈夫です。」
「気をつけてくれよ。傷でも残ったら、商品価値が下がっちまう。」
 子供たちの表情が、凍りついた。


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