Ten Little Kids 81



 眠れそうもない、と思いながら床に就いたところまでは、覚えている。その後、自由落下のように熟睡してしまったらしい。マリアに揺り起こされるまで、アドルフは一度も目を覚まさず、夢も見ずに眠っていた。
 小さな子供のころ、マリアに起こしてもらう朝のひとときが至福の時間だったことなど嘘のようだった。目の焦点が合って彼女の顔が網膜に映ると、アドルフは反射的に顔を背けて体を丸め、頭の上まで毛布をひきあげた。
「目をそらしていれば、現実がどこかへ行ってしまうとでも思っているの?」
マリアは、落ち着いた静かな声で、容赦なく言った。アドルフは、顔の半分まで毛布を引き下ろして、上目でマリアを見上げた。マリアは、まっすぐにアドルフを見下ろしていた。わかっていることだった。マリアは、いつでも正しい。アドルフは、できれば聞きたくない、けれど聞かずにはいられない質問を、マリアに投げかけた。
「………クリシュナは……クリシュナとカランダールは、帰って来た?」
「クリシュナは、帰らないわ。カランダールは、死んだの……。起きるのよ、アドルフ。カランダールの埋葬に行きましょう。」
 アドルフは、きつく目を閉じた。クリシュナの子供時代を語ってくれた、昨日のカランダールの横顔が、脳裏をよぎった。それから、カランダールにすがりついて泣きじゃくっていた、昨日のクリシュナ。膝をつき、魂の抜けたような無表情で、ルナとアドルフを見上げていたクリシュナ。それから……。アドルフは、マリアの言葉の意味が、よくつかめずに混乱していた。
「カランダールは、死んで帰って来た………クリシュナは……帰らない……帰らないって……どういうこと?……マリア、クリシュナは?」アドルフは、ベッドから両手で体を引き離すように上体を起こし、膝を折って座り込んだ。「クリシュナは、どうしたの?生きてるの?どこか行っちゃったの?それとも……マリアは知ってるんだろ?教えてよ。」
マリアは、首を振った。
「早く身支度なさい。」
「いやだ。クリシュナがどうなったのか教えてくれないなら、ここから動かない。」
アドルフはシーツを握りしめ、なけなしの気力を総動員してマリアを睨みつけた。マリアは、静かにアドルフを見下ろしていた。そして、ひどく優しい声で言った。
「お前らしくないわ。」
 アドルフは、それ以上マリアと目を合わせていることができなくなってうつむいた。マリアの方は、まだじっとアドルフを見下ろしている。
「あまり、カランダールを待たせないであげて。」
 アドルフの唇が震えて、不明瞭な呟きがもれた。
「……卑怯だ……。」
それは、敗北を認める言葉だった。アドルフは、ゆっくりとベッドから足を下ろし、彼の髪をなでようとしたマリアの手を振り払って、小屋から出た。
 いつの間に降り、いつの間にやんだものか、この秋はじめての雪が薄く積もっていた。まだ日の出前だというのに空も地上もぼんやりと明るかった。


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