Ten Little Kids 157



 「感動の再会に、水さして悪いんだけど」グロースヴァルダインが、三人の後ろから声をかけた。「そいつを、とっとと部屋に入れなきゃならんのだよ。」
 三人は、一斉に敵意に満ちたまなざしをグロースヴァルダインに向けた。彼は、それに感銘を受けたようすもなく、副官の女の肩に手をかけた。
「この人が、ちょっと具合悪くてね。仕事済ませて休憩に入りたいんだ、我々は。」
 「……俺が、アドルフを連れて行きます。」クリシュナは、グロースヴァルダインを上目で睨みつけながら、ていねいな言葉遣いで申し出た。「同室ですから。」
「どうかな。君が一緒なら、大丈夫かもしれないか……」グロースヴァルダインは、値踏みをするようにクリシュナを見下ろした。「……そうだな、力で押さえ付けるより、いいかもしれん。君、このバカが、これ以上暴れないように落ち着かせてくれるか?」
「……ちゃんと面倒みます。」
「このバカは、タトゥーイングを嫌がって、二人殺してる。……覚えてるだろ、あの二人だよ。君らのことも、マナイタに乗せたはずだ。……それでも面倒みきれるか?」
 ユリシュカは、はっとしてアドルフを見つめた。アドルフの顔から、すうっと血の気がひいた。クリシュナは動揺したが、それでも気丈にグロースヴァルダインから目をそらさなかった。
「そんなことは、させません。……俺が、責任を持ちます。」
「君に、そんな責任能力は無いんだよ。まあ、意欲は買うが。」
それだけ言うと、グロースヴァルダインは、副官の肩を抱いたまま、いま乗ってきたばかりの階上へ向かうエレベーターに戻った。
 エレベーターのドアが閉まるのを待って、ユリシュカは、アドルフの肘をつかんだ。
「なにやってんのよ!」
「……怖かったんだ。……殺す気はなかった……」アドルフの視線は、落ち着きなく虚空をさまよっていた。「夢中で抵抗してたら、いつのまにか……。相手が強くて、手加減する余裕なんかなくて……」
「俺も怖くて、必死で抵抗したよ。」クリシュナは、疲れたように言った。「……びくともしなかったけど……。」
「下手したら、あんたが殺されてたかもしれないんだよ。」ユリシュカは、泣きそうな目でアドルフを睨んでいた。「たのむから、無茶なことしないでよ……。ねえ、あんたって、もっと冷静な奴じゃなかった?イヤんなるくらい……。どうしたのよ?」
「わかんない……。たぶん、壊れたんだ……マリアを刺したときに。」
アドルフの返答に、二人は一瞬口をつぐみ、自らの思いに沈んだ。
 「……行こうか。」クリシュナは、アドルフの肩に手を置き、優しく促した。「疲れてるだろ。休んだ方がいい。……部屋まで、案内するよ。」
三人は、うなだれたまま、下へ向かう方のエレベーターに乗った。
 利用階のボタンを押して扉を閉めると、クリシュナは、アドルフを振り返った。
「それで……結局、どうなった?」クリシュナは、自分の鎖骨をなぞった。「認識番号、入れ墨されたのか?」
「……うん。」アドルフは、ぼんやり答えた。「グロースヴァルダインに、がっつりやられて……。あいつは、俺を壁に叩きつけても、頭とかは打たないように気をつけてる。……余裕、あるから……。」
「……バカ。」
ユリシュカが、拳を固めてアドルフの肩を突いた。
 六階でエレベーターが止まり、ユリシュカが、先に降りた。あとでね、と二人に手を振り、あいかわらず泣く寸前の目付きで、アドルフに微笑みかけた。
「ユリシュカとは、違う階なんだ……。」
まだ思考に霞がかかっているような声で、アドルフが、呟いた。返答しようとしたクリシュナは、いったん口を閉じて考え込み、また口を開いた。
「男女で、住む区画が違うんだ。お互い、行き来できないことになってる。……あのな、村では当たり前のことだったけどさ、ここでは、さっきみたいにユリシュカと抱き合ったりしちゃダメなんだ。」
「………そうなのか?」
「罰則、キツいぞ。」
 二人は、四階でエレベーターを降りて、ホールから渡り廊下へ出た。
「どんなの?」
「あのな……」クリシュナは、アドルフの耳元で声を落とした。「……タマ……抜かれるんだ。」
「げっ……。」アドルフは、急に現実に引き戻されて、また青ざめた。「……ヤバかった……かな……?」
「いや……さっきのは……お前、来たばっかりだったし、見つかってたとしても厳重注意くらいだろうけど。常習犯とか、あと、同衾しちゃったりすると……。」
クリシュナは、スラックスの前で両方の人さし指を交差させた。アドルフは、冷や汗をぬぐった。
「……気をつける……。女の子の方は?ユリシュカは、大丈夫かな?」
「女の子には、タマはないんだぞ。」
「いや……それは知ってるから……。」
「女の子には、普通の罰則だよ。謹慎とか。極端に手クセが悪いと、隔離されたり監視ついたりするらしいけど。女の方が、大事にされるんだよ。」
「そうなんだ。じゃ、大丈夫だな。手クセが悪いわけじゃないからな、ユリは。」
アドルフの脳裏で、グロースヴァルダインの副官の女が、ニヤリと笑った。
 クリシュナは、また少しためらってから、話の続きをした。
「あとね……。もっと怖い話が……。」
「……あまり、脅すな……。」
「脅しとく必要があるよ。お前、女の子からちょっかいかけられそうだし。……なんか無茶しないか心配だから。」
クリシュナは、立ち止まって、アドルフの左目の下で紫と薄黄色の中間に変色しつつあるアザを、軽くなでた。
 少しの間、二人は黙って廊下を歩き、違う棟に入った。広い吹き抜けのアトリウムのある、七階だての建造物が、居住区になっていた。アトリウムは、ちょっとしたジャングルの様相を呈していた。個々の部屋についた小さなバルコニーにも、それぞれ植物の鉢が置かれている。二人は、テラスの手すりに顎を乗せて、しばらく見下ろしていた。アドルフは、どうやって水を工面しているのだろうか、と考えるともなしに考えた。
 外壁に面した広い回廊に出ると、内側の壁に同じデザインの金属の扉が、ほぼ一定の間隔で並んでいた。外壁側の窓には、多くはシェードが降ろされていた。が、シェードの開いている二三の窓からは、滑走路と、小型飛行機の格納庫が見えた。囲いの外は、見渡す限りの砂漠だった。自分達一人一人についている値段は、いくらなんだろうか、と考えると、悪夢のような光景だった。
 アドルフは、ちょっと首を振ってから、意識して背筋をのばした。
「それで?もっと、怖い話って?」
「ああ……。あのな、お前とか俺みたいな、血統のいい……いいだけじゃなくて、珍しい血統の男の純血種は、素行が悪いと、タマを抜かれる変わりに、脳の手術受けて前頭葉切除されるって。怖いだろ?」
「怖いけど……なんで?……その、血統って……?」
「不従順で扱いにくいけど、血統残したい奴の場合、前頭葉切って上の言いなりになるようにして、最初から種馬にしちゃうんだ。お前なんか、ほんとに危ないんだぞ。テオドール・シュレッケンバッハ氏って、純血種としてはじめて、この組織の幹部にまで登り詰めたスゴい人なのに、お前の他に一人しか子供つくってなくて……しかも、そっちの子は、純血種としての血統登録してないんだ。今は、ちょっとあの人と血統が近いってだけの、なんてことのない男でも、簡単に種馬になれちゃうんだ。」クリシュナは、いたずらっぽく笑った。「お前、齢十一にして、将来種馬になることが、ほぼ確定してるんだよな。めったになれないんだぞ、普通。」
「……頼むから、俺にわかる言葉で話してくれ……。」アドルフは、少し赤らんだ顔を手で覆って言った。「純血種の説明から……。」
「そこから説明が要るんだよな……。」
クリシュナは、ため息をついた。少し、羨ましがっているような表情だった。
 回廊の床に照りつける強い陽射しの中で、クリシュナは、足をとめた。アドルフも、それにならった。
「この部屋?」ドアについたネームプレートを見て、アドルフは、首をかしげた。「……じゃない……。」
「……いや。この隣……。」クリシュナは、きゅっと眉を寄せてうつむいた。「……こっちは、トールの部屋なんだ。……俺のカードでも、開けられるようにしてもらってるんだけど……。寄って、会っていく?それとも、自分の部屋に落ち着いて……一息ついてからにする?」
「会う。」
アドルフは、即答した。


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