アサヒカワまでの移動によく利用するローカル快速列車が、めずらしく混雑していた。
立っている人はいないが、自由席はほぼ満席。
そこに、楽器2台持って乗車。4人掛けのボックス席に1つ空きを見つけて、
「ここいいですか〜?」
と、強引にねじ込む。お向かいさんも大荷物だったが、網棚に荷物を上げたりしてくれて、どうにか座らせてもらえた。
楽器を置く場所はない。すぐ横の通路に立てて、2台まとめて片手で抑える。身動き不可能。なまらストレスフル。
ワタクシが乗車する駅の次の駅は、この近隣では比較的乗降が多いところで、ここで同じ4人掛けのボックス席に座っていた人のうち2人が降車したが、入れ替わりに乗車してきた人で完全に満席になりそうな気配。
次々と空席が埋まっていく中で、ナマイキなミニサイズのリュックと子ども用ヤッケでばっちりキメた、就学年齢前後の男児と女児がバタバタと駆け寄ってきた。
「かーさんかーさんほらそこあいとる! R美、そこにすわるといいけん! K介、ここにすわる!!」
見るからに口から生まれてきたっぽいK介(仮名)は、てきぱきとR美(仮名)をワタクシの隣の窓側の席に座らせ、自分はワタクシの向かいの席に座り、
「わーいすわれたすわれた! かーさんこっちあいとる!」
とニコニコしている。
5歳(推定)にして、たいへんな仕切り屋の様子。そしてでかい声。
なんかもう、見てるだけで笑いをこらえるのがたいへんな、元気印のクソボンズである。
見れば、斜向かいの席のおばさんも、ビミョーに口元が微笑んでいる。
2人のとーさん・かーさんも登山用のリュックと装備で大荷物だったが、なんとか通路をはさんだ隣のボックスのおじさんたちが自分たちの大荷物をどうにかして席を工面してくれた模様。
列車が走り出すやいなや、K介がそわそわあたりを見回している。
「かーさん、このでんしゃ、トイレはないんかのう?」
明らかにほっかいどの列車に不案内なかーさんは、ちょっと困った様子で周囲を見回して表示がないか探している。
ここは地元民の出番である。
「ああ、トイレならあるぞ。そこのドアを出てすぐ右だ。」
教えてやると、K介はもうヤッケを脱いで立ち上がっている。
「そのドアじゃな?」
ばたばた走り出すのを、かーさんが追おうとすると、R美がちょっとぐずったような声で
「R美もトイレ〜〜!」
と言い出す。
「ちょっと待って〜、かーさんいっぺんに2人めんどう見られんけん〜」
2人を順番にトイレに入れさせて、かーさんやっと着席。
双子か年子かわからんが、このニギヤカな2人並行してめんどーみるかーさん、そうとう大変そうである。
さて、ケータイで自分のサイトの掲示板をチェックしていたら、隣に座ってるR美が、なんかニコニコしてワタクシの顔を見上げている。目を合わせたら話しかけてきた。
「でんわじゃのう?」
……どうやら、トイレの位置を教えてやったので、なついてきたらしい。
「ああ、電話だな。」
R美、ヒトのガラケーの画面をのぞきこんでくる。
そして、たまたま表示されていた広告バナーのイラストをいたく気に入った様子である。
「おんなのこじゃ。かわいいのう。」
「ああ、女の子かわいいな。」
さりげなくケータイを閉じてカバンにしまい、かわりに文庫本を取り出した。
……R美、そのかわいい女の子は、残念ながらちいさい女の子向けじゃない。
おおきいおともだちがお洋服を脱がせたりして愛でるゲームのキャラだ。
文庫本を開くと、さっそくR美がワタクシのヒザによりかかってきた。
「ごほんじゃ〜!」
「ああ、本だな。」
「R美、じ〜よめる〜!! 『な』!『で』!『あ』!『つ』!『た』!」
R美、文中の漢字をすべてすっとばし、ひらがなだけ拾い読みしはじめる。
「『に』!『の』!『せ』!『を』!『せ』!『た』!『ま』!『ま』!『ん』!『で』!『い』!『る』!」
……だれかたすけてくれ。腹筋が崩壊する。
「『と』!『い』!『つ』!『た』!」
通路越しにかーさんが申し訳なさそうに頭を下げてくるが、手を振って制する。問題ない。
こいつ、本より面白い。
「『の』!『だ』!『ざ』!」
「あ〜、それ『ざ』でなくて『が』だ。」
「『が』!」
「そうそう。」
かーさんとーさんの連れと思しき女の人が、近くのボックス席からソソソと近寄ってきて、かーさんに耳打ちしてきた。
「そこの席に寝てる人がいて……。」
ぼそぼそ聞こえてきたので、R美に人差し指を立てて見せて
「ちょっと声でかいわ。ボリュームしぼりな。」
とひそひそ声で言うと、R美も口のまえに人差し指をたててひそひそ声になった。
「『さ』、『す』、『ざ』〜じゃのうて〜……」
ちらっとこっちの顔を見上げる。
「『ざ』〜じゃなくて〜?」
「『ざ』〜〜じゃ〜のうて〜〜〜?」
「『が』だ。」
「『が』じゃ!!」
「声でかい。」
「『が』〜」
「そうそう。」
向かいの席でK介が水筒をあけると、R美がガバッと顔をあげた。
「R美もジュースのむ〜!」
「まって〜まって〜」
K介はジュースを飲んだあと、R美に水筒を渡すと、妹(姉?)が一口かそこら飲むか飲まないかで
「もうだめじゃ〜」
と取り返そうとする。
「ま〜だ〜の〜む〜〜! K〜介〜! だ〜め〜!」
というR美とケンカになりかかったので、
「飲みたがってんだから飲ませてやれや〜。」
と、K介に指導をいれると、
「う〜〜」
と、不承不承、手を水筒から離した。
そして、戻ってきた水筒のジュースの残りを一気に飲んでニコニコして話しかけてくる。
「あんな〜、とーさんがな〜、ミカンジュースにするかリンゴジュースにするかゆうたけんな〜、ねだんみたらリンゴジュースのほうがやすかったけん、リンゴジュースこうたんじゃ〜!」
「そうか〜、リンゴジュースうまかったか?」
「うまかった〜!」
「そうか〜、よかったな〜。」
……こいつら、本より面白い。
そして再びR美がワタクシのヒザに乗りかかって読書(!)の体制にはいると、かーさんが見かねて制止した。
「もう終わりにしなさいR美。おばちゃん疲れるけん。」
すると、向かいの席でK介が首をかしげてまじまじとワタクシを見上げた。
「……おばちゃん?」
すぐにピンときたので、教えてやった。
「おばちゃんだぞ。おじちゃんじゃないぞ。」
「おっちゃんじゃのうて、おばちゃん?」
「そう。おばちゃん。」
きょとんとしていたK介が、もとのニコニコ顔に戻って叫んだ。
「おっちゃんじゃのうて、おばちゃんじゃったんか〜!
おっちゃんににとるけん、おっちゃんじゃとおもうとった〜〜!!」
かーさん平謝り。
そして、斜向かいの席のおばさんが、本で顔をかくして腹筋をじみにぷるぷるさせていた。