GOD CHILD 2





 「買い取ればいいだけの話じゃないですか。」カインは描いたように形のいい眉に微かに不機嫌をにじませて冷淡に言い放った。「それくらいの経済力はあるんでしょう?」
「そういう問題じゃないんだ。」ビルは表情も声のトーンも変えずに――目の前にいるのが十二・三歳の少年ではなく、一人前の大人を説得しているような丁重さで――穏やかに言った。「いずれ買い取りたいとは考えている。だが、それで所有できるのは君の体だけだ。」
「それで何か問題でも?」
 カインは、寄りかかっていた木や地面に手を触れずに、すらりと立ち上がった。無駄のないしなやかな動きだ。ビルは一瞬自分の来訪の目的を忘れて見とれた。カインは、ビルの正面に向き直った。まだほっそりとした少年らしい体型だが、背丈だけは長身のビルの肩のあたりまである。
「魂まで所有したいって?」カインは、まっすぐにビルの淡褐色の瞳を見上げた。「欲張りですね。」
「心外だな。」ビルもまっすぐにカインの暗褐色の瞳を見下ろした。「ロマンチストと言ってくれ。」
数秒間、沈黙が流れた後、今までに何度も繰り返された問答の最初の質問を、ビルは口にした。
「君の名前は?」
「カイン。」即答。
「組織のつけた名ではなく。君の両親がつけた名を。」
「忘れました。」
 二人は穏やかににらみ合ったまま、一対の彫像のように動かなかった。ファンにかき回された熱い空気がゆるやかに通り過ぎる。スプリンクラーが午後の散水を終えてゆっくりと止まった。サイレンが長い尾を引いて鳴り響き、やがてエコーを残して消えていった。ビルに据えた視線を動かさずに、カインが口を開いた。
「貴重な休憩時間が終わったようなんですが。」無機的な口調。「御前より退出の許可をいただいてよろしいでしょうか、サー。それとも、夕刻の訓練は免除で?」
「退出を許可する。」
 形だけ敬礼すると、カインはくるりと方向転換した。レベル7以上の訓練生であることを示す白いトレーニングウエアが遠ざかっていく。
 「また来る。」ビルは先刻までと全く同じトーンでその背に話しかけた。
 カインは振り向かなかった。



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